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ブラック企業との戦いでウツに・・・

よあけウェブ

元WEBデザイナー(サンクチュアリ出版のHPとか)→転職→うつ→ブログ4年で年収500万円。月収7桁目標。メルマガ読者1200人超え。ブログ・音楽・筋トレとか/資格:ネットショップ実務士レベル1/基礎心理カウンセラー

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ブラック企業との戦いでウツに・・・

私はフリーランス歴が長いのですが、一般的な会社でも働きました。
でもそのほとんどがブラック企業と言われるものでした。

ブラック企業に勤めて毎年自殺者が多数出るほど日本ではこの問題は深刻です。
私も他人事ではありませんでした。

2回ほどウツになり、これはやばいと感じでネット起業を決意しました。

 

ブラック会社との戦い、その1

ふなさん
フリーランスでデザイナーを始める前の話です。
前の仕事を辞めてなんとか月給14万円の印刷会社に就職しました。

ここもブラック会社でした。

家族経営の会社でしたが、上司が社長の息子で毎日社員をいじめていました。

私もいじめられ始めたので辞めました。
突然辞めることになったので退職金も雇用保険も出ません。

労基(労働基準監督署)に行って相談し、残業代を請求しました
会社から6万ぐらいもらいました。

次にパチンコ屋の専属デザイナーの職を見つけました。
入ってみると、Macを扱える人がいませんでした。
聞いてみると前のデザイナーは逃げたらしかった。
突然来なくなる社員を何人か見ました。

何でこんなことになるかというと、社長がめちゃくちゃでした。
弱いものいじめかってぐらい、社員を怒ってました。
みんなビクビクしながら仕事している感じ。
こりゃダメだと思い、タイミングを見て辞めるつもりでした。

ある日突然、社長の怒りが私に向かってきました。

「仕事が遅い!!」と大怒りの電話でした。

「やる気があるんか!ないんか!ないんやったら辞めろ!」
というわけです。

時にはお昼ご飯も抜きながら仕事をして、それでも仕事はちゃんと仕上げてました。

「私の実力や仕事ぶりを認めてもらえないというのだったら、クビにしてもらって結構ですよ」
やっと辞めるチャンスきたか!!

そう思い心の中では嬉しかったです。

噂によると社長は気が弱いところがあるらしく、私には面と向かって怒らず電話越しでした。
私も当時は言いたいことは言う性分だったので、社長にはお会いせず電話で即解雇となりました(笑)
ここで踏ん張っても辞めるチャンスを逃してしまうだけ。

「辞めるなら今しかねぇ!」

残ってガンバっている人にはほんとに悪いのですが、会社の奴隷になりたくないので清々しました。
奴隷にはなりたくありません。
会社に飼われたくありません。

それから3ヶ月はネットで通販をしながら小遣い稼ぎをしました。
そこへ趣味でやっていたホームページ制作が遂に花開くときがやってきたのです。

 

なんか知らんけど26歳でフリーランスでデザイナーをはじめた

東京の小さな出版社でデザイン担当してた人と私設の掲示板やチャットで交流していた時でした。

「もうすぐ会社を辞めるのでホームページを制作する人がいなくなる」
「私がやろうか?」とレスしたのがきっかけで、本当にやることになるんです。
その出版社の大ファンだったのでかなりのテンションで作業に取りかかり、2週間ぐらいでホームページ全体をリニューアルしました。

テンションが高かったのであまり寝ず疲れるまでやって少し寝て。
でもテンション高いから脳ミソはいつも「ワクワク」状態で体が休まったらすぐ起きるという状態でした。
(今考えたら完全にADHDの特徴の過集中です)

はじめはバイトしながらやってましたが、1年後ぐらいでネット一本でメシが喰えるようになりました。

その後もラッキーが続きました。
メジャーデビュー直前のミュージシャンから趣味が合いそうだからと、WEB制作のオファーが来ました。
制作したホームページが雑誌に掲載されたこともありました。
表紙はYOSHIKIさん。
嬉しかったです。

CDジャケットをデザインさせて頂いたりアーティスト写真を撮らせて頂いたり、そんなクリエイティブな仕事も任せていただけることがありました。

フリーランスで2011年までなんとかやっていくことが出来ましたが、WEB業界が著しく発展してしまい、田舎で一人でホームページを制作・運営していくことに限界を感じました。

デザイン、コーディング、プログラミング、コンサルティングすべての役割を一人でやるのは無理なほど、高度な技術が要求されるようになってきました。

もうひとりじゃ無理だ(;_;

 

ブラック会社との戦い、その2

履歴書ってデスノートですか?

会社に殺されるんですか?

転職7回「僕は本当に社会の底辺なのだろうか?」

フリーランスのデザイナーを廃業して1年は未就職者訓練事業に関わってました。
このあたりでセミナーや人材教育のノウハウなどを構築していきました。

それが終わって入社した会社がすぐに倒産したり転職することが続きウツにもなり、私がADHD(発達障がい)であることもわかりました。

ちなみに発達障がいとは、不注意・多動・衝動性のある性格のようなものです。
病気とはまた少しニュアンスが違います。
ちょっと変わっているのでたくさんの人と仕事をしてコミュニケーションなどでうまくいかないと、とても大きなストレスを感じてしまいます。
2次疾患でウツなどの気分障害も発症しやすいのです。

訓練事業 → 職業訓練校の講師 → ベンチャー企業のマネージャー(倒産) → リラクゼーションのスタッフ → キャラクターグッズ会社のデザイナー → (ウツ・療養) → 工場で派遣社員 → レトロカフェのマネージャー → (ウツと発達障がいで療養) → ネットで起業

見てるだけでめまぐるしい(笑)

なんでも前向きに捉えいろんな業種にチャレンジ。
今更ながら自分にあった仕事はなんだろうか?
これから一生食べていくには・・・

社会に出て働いて思ったのは、仕事というよりも身売り。

そんな風に感じました。

転職を一回繰り返すごとに人間はすごいストレスを抱えるんです。
この間に引越しも3回してます。

環境が変わりまくって相当ストレスためてました。
病気にならないほうがおかしいくらいでした。
訓練事業と派遣で行ってたところ以外は全部ブラック会社でした。
長年フリーランスでやってたので、一般の会社のブラックさに改めてビックリしました。

会社に人間スクラップにされるのはもうこりごりでした。

仕事やお金がなくなるって何度も経験しましたが本当に病みます。
あんな経験はもうしたくない。
私は傷病手当もらえないとわかった時さすがに泣き崩れました。
社会も無情です。

そんな時にアフィリエイトで成功している若者がいることを知りました。

私は手に汗を握るほどビックリしていました。
素人はアフィリエイトでは稼げないと思っていたからです。
そのノウハウを知った時、私のなかで世界がひっくり返りました。
そして心の底から救われたと思いました。

これを逃せば私は生きていくチャンスはないとさえ思いました。
私の一番の得意分野って、やっぱりインターネット!
情報発信だ!

そんなことがあって私はまたこうしてネットビジネスを始めることができました。

ブログをやり始めて3ヶ月目にとある方法を知りました。
それをやったらあっさりアフィリエイト報酬が発生しました。
伸び悩んだ停滞期もありましたが、2年ちょっとでサラリーマンを超える収入になりました。

ふなさん
今でこそ自由に稼いだりして過ごしていますが、その前は本当にヒドイ状態でした。

だからこそ、私と同じような思いをしている人にネット起業して自立して欲しいなと思っています。

 

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